2026年3月、「黒毛和牛」と表示して交雑種を売っていた——鹿児島県指宿市の水迫畜産に対し、農林水産省が行政指導・勧告を発表した。ふるさと納税の返礼品として全国47,457件・約7.7億円分が出回っていたことが判明し、鹿児島の「和牛日本一」ブランドを揺るがす事件となった。
この記事では水迫畜産問題を時系列で整理する。そして最後に、筆者が20年前に鹿児島の食品工場で実際に体験した偽装の話を書く。食品偽装は、決して遠い話ではない。
- 水迫畜産とは何者か
- 何をやったのか——偽装の中身
- 被害の規模:数字で見る
- 時系列でたどる水迫畜産問題
- 「意図的ではない」をどう受け取るか
- ふるさと納税した人はどうなる?
- 【筆者体験談】20年前、鹿児島の食品工場でやらされていたこと
- なぜ食品偽装は繰り返されるのか
- まとめ
1. 水迫畜産とは何者か
有限会社水迫畜産は、鹿児島県指宿市山川に本社を置く畜産・食肉加工会社。ふるさと納税の返礼品として黒毛和牛のステーキや切り落としを複数の自治体向けに供給し、「鹿児島産和牛」のサプライヤーとして実績を積んでいた。
鹿児島は全国トップクラスの和牛産地であり、「和牛日本一」の肩書きを誇る。水迫畜産はその看板ブランドを背景に、ふるさと納税市場で一定の存在感を持っていた。
2. 何をやったのか——偽装の中身
農水省の発表をもとに整理すると、偽装は大きく3種類に分けられる。
黒毛和牛は日本固有の和牛4種のひとつで、霜降りの美しさと風味が特徴。交雑種(F1)は和牛とホルスタインを掛け合わせたもので、価格も風味もまったく別物だ。消費者が「和牛」に払うプレミアムが、まるごと裏切られた形になる。
3. 被害の規模:数字で見る
3. お金で換算する——「いくら騙し取ったのか」
ここが一番気になる部分だと思う。「27トンの偽装肉」と言われてもピンと来ない。金額に換算すると話は変わる。
ステーキ約5万食分
実際に受け取った商品代
不当利得の試算額
① ふるさと納税7.7億円の「本当の意味」
「寄付総額7.7億円」という数字が一人歩きしているが、水迫畜産が受け取ったのはその全額ではない。ふるさと納税には「返礼品は寄付額の30%以内」というルールがある。
寄付者が7.7億円を自治体へ寄付
↓
自治体が水迫畜産へ商品代を支払う(30%ルールで最大約2.3億円)
↓
水迫畜産は「黒毛和牛」の値段で発注を受け、「交雑種」で作って納品
↓
差額がそのまま利益に乗る
つまり寄付者から見ると「7.7億円分の和牛をふるさと納税で頼んだら、交雑種が届いた」という話になる。
② 黒毛和牛と交雑種——1kgあたりいくら違うのか
ここで価格差を整理しておく。
偽装総量 27,000kg × 卸値差額 783円/kg
= 約 2,160万円分 の価格差
※これは卸値ベースの試算。小売価格差(2,160円/kg)で計算すると約5,800万円。
※実際に得た不当利益はこれとは別に、コスト削減分がまるごと乗ってくる。
※上記はすべて編集部が公開情報をもとに独自に算出した予想値です。実際の数字とは異なる可能性があります。
③ ふるさと納税以外——一般消費者への偽装分
見落とされがちだが、農水省の発表には一般消費者向けの偽装分も含まれている。
・牛種偽装(黒毛和牛表示):一般向け 約128kg
・産地偽装(鹿児島県産表示):一般向け 約1,997kg
→ 合計 約 2.1トン が一般消費者へ流通
スーパー・直販・カタログギフトなど、ふるさと納税以外のルートでも偽装肉が売られていた。
水迫畜産はふるさと納税だけでなく、ホテル・小売・食品業者向けの卸売りも手がけていた。つまり偽装肉の流通先はふるさと納税だけに限らない。
④ 鹿児島ブランドへのダメージ——数字にできない損失
最後に、金額で表せない損失がある。
鹿児島の「黒毛和牛日本一」ブランドは、鹿児島の畜産農家が何十年もかけて育ててきたものだ。水迫畜産1社の偽装で、そのブランド全体への信頼が揺らいだ。同業者が「偽装は許せない」「畜産県に大打撃」と怒るのは、自分たちが正直にやってきた積み重ねを踏み荒らされたからだ。
「2,160万円の不当利益」の裏で、何十倍もの信頼が失われた。
3-2. 水迫畜産の「本当の規模」——売上から偽装比率を試算する
ここからが本題だ。ふるさと納税の話ばかり報じられているが、水迫畜産はそもそも鹿児島でも指折りの巨大畜産グループだった。その規模を知ってから偽装量を見ると、話がまったく変わってくる。
水迫畜産グループの実態
東証プライム上場の食肉大手・スターゼン株式会社と2012年から業務提携を締結。2022年に提携10周年を迎えた。地方の一食肉会社ではなく、全国流通に乗った規模感であることがわかる。帝国データバンクは水迫畜産を「鹿児島県内・業種別売上高2位」と評価している。
スターゼンとはどんな会社か
水迫畜産の提携先として名前が出てくるスターゼン。「聞いたことない」という人も、実はほぼ全員が間接的にお世話になっている会社だ。
(2025年9月期)
(76年の歴史)
・正式名称:スターゼン株式会社
・本社:東京都港区
・証券コード:8043(東証プライム上場)
・資本金:約116億円
・筆頭株主:三井物産(2016年から出資比率引き上げ)
・子会社14社・関連会社7社
・事業:食肉の生産・加工・販売・輸入、ハム・ソーセージ製造
マクドナルドのパティを作っている会社
スターゼンを語るうえで外せない事実がある。日本マクドナルドのビーフパティを1972年から供給し続けているのが、このスターゼンだ。
1972年、日本マクドナルドと取引契約を締結。千葉工場を開設しハンバーガーパティの製造を開始。その後、米OSIグループ・西南開発との合弁会社「オレンジ・ベイ・フーズ」を設立し、西日本地区の製造拠点も確保。つなぎ一切なし・牛100%のビーフパティを国内マクドナルドに安定供給している。
マクドナルドに行ったことがある人なら、スターゼンの肉を食べたことがある。そういう規模の会社だ。
そのスターゼンが水迫畜産と10年以上組んでいた
2012年、スターゼンと水迫畜産グループは業務提携を締結。鹿児島産和牛の安定調達・供給拡大を目的とした提携で、2022年に10周年を迎えた。スターゼン側は「持続可能な和牛生産を目指す」と表明していた。
水迫畜産が偽装肉を販売していた2023〜2024年の時点で、スターゼンとの提携は継続中だった。
スターゼン経由で流通した肉の中に偽装分が含まれていたかどうかは、現時点では公式に確認されていない。ただし、10年以上にわたって和牛を調達してきたパートナーの品質管理に問題があったという事実は、スターゼン側にとっても無関係ではいられない問題だ。
※スターゼンとマクドナルドのパティに使われる牛肉は主にオーストラリア・アメリカ産であり、水迫畜産の国産和牛が直接パティに使われていたかは不明。
「マクドナルドのパティを作る上場企業が提携していた」という事実だけで、水迫畜産がいかに業界内で認められた会社だったかがわかる。その信頼が今回の偽装で一気に崩れた。
年間売上の試算
公式な売上高は非公開だが、出荷頭数から試算できる。
年間出荷:約9,000頭
黒毛和牛1頭あたりの枝肉重量:約350kg
枝肉卸売価格(A4クラス平均):約2,000円/kg
↓
9,000頭 × 350kg × 2,000円 = 約63億円
※これは農場出荷ベースの試算。水迫畜産はと畜・加工・直販まで手掛けているため、実際の売上はさらに上乗せされる。年商は数十〜百億円規模と推定される。
※上記はすべて編集部が公開情報をもとに独自に算出した予想値です。実際の数字とは異なる可能性があります。
「確認された偽装」は氷山の一角かもしれない
ここが最も重要な点だ。
2024年1月
農水省が確認した偽装は2023年1〜2024年1月の1年間分。しかし調査開始は2023年7月で、会社はそれ以前から同様の商慣行を続けていた可能性がある。
年間出荷量(試算):約3,150トン(9,000頭×350kg)
確認された偽装量:27トン(全体の約0.86%)
これが2年・3年続いていたとしたら——。農水省の「確認分」は、実態の一部に過ぎない可能性がある。
「素晴らしい牛肉を安く提供しようとの気持ち」
謝罪の場で社長が口にしたこの言葉が、ある意味すべてを語っている。
安い肉を高く売るのではなく、「コストを下げて量をこなす」という発想で偽装が習慣化した可能性がある。スケールが大きければ大きいほど、1トンあたり数千円の差が積み重なって大きな利益になる。63億円規模の会社が「27トン・2,160万円分」の差額を抜いていたとしたら、売上の0.3%程度の不正だ。小さく見えるが、それが何年も続いていたとしたら話は変わる。
4. 時系列でたどる水迫畜産問題
2024年1月
4月初旬
5. 「意図的ではない」をどう受け取るか
会見での「過失・入力ミス」という説明に、同業者からは怒りの声が上がった。南日本新聞は地元畜産農家のコメントとして「偽装は許せない」「畜産県に大打撃」という言葉を伝えた。
牛のトレーサビリティは、食品の安全を守るために整備された仕組みだ。「間違えました」で済む問題ではなく、結果として消費者は高い金を出して別の肉を食わされた。意図があるかどうかより、起きた事実がすべてだ。
6. ふるさと納税した人はどうなる?
補償については「協議中」とされており、具体的な返金・対応策はまだ発表されていない。寄付を行った自治体はそれぞれ対応を検討中の段階だ。対象件数は今後も増える可能性があるため、自分が寄付した自治体の公式発表を確認することをおすすめする。
7. 【筆者体験談】20年前、鹿児島の食品工場でやらされていたこと
水迫畜産の話をしながら、筆者はずっとある記憶が頭に浮かんでいた。
今から約20年前。若いころ、鹿児島市東開町にある食品工場でアルバイトをしていた。会社の名前は「ダ○ソー」——あの有名な100円均一チェーンとはまったく関係のない、地元の食品加工会社だ。
その工場では、某大手食品メーカー(K社)ブランドのポテトサラダをはじめ、惣菜類を製造していた。スーパーで見かけるあのラベル、あのパッケージ。それがここで作られていた。
賞味期限が迫ったポテトサラダを、新しく作ったものに混ぜる。それが当たり前のように行われていた。指示するのは上の人間で、誰も疑問を口にしなかった。社長のワンマン経営で、逆らえる空気ではなかった。
現場の論理はひとつだった——「食えるから大丈夫」
筆者はおかしいと思って指摘した。結果はクビだった。
その会社は今、調べてもどこにも出てこない。もう存在しないのだと思う。でも、あの工場でやっていたことは、今も鮮明に覚えている。
8. なぜ食品偽装は繰り返されるのか
水迫畜産の問題と、筆者が20年前に見た光景には、ひとつの共通点がある。
食品偽装が発覚するたびに「なぜ誰も止めなかったのか」と問われる。でも現場ではおかしいと気づいた人間が損をする構造が出来上がっている。問題は個人のモラルではなく、組織の設計だ。
消費者ができることは、発覚した問題をきちんと記憶しておくことくらいかもしれない。知っておけば、少しだけ賢い買い物ができる。
9. まとめ
・水迫畜産は2023〜2024年にかけて黒毛和牛・鹿児島県産を偽装して販売
・ふるさと納税返礼品として47,457件・約7.7億円分が対象
・会社は「過失・入力ミス」と主張するも、社長は辞任。県警も動いた
・食品偽装は20年前の鹿児島の食品工場でも同様のことが起きていた
・「食えるから大丈夫」は、消費者への裏切りだ
鹿児島の食が好きだからこそ、こういう話はきちんと残しておきたいと思った。
